拙ブログ最終更新、FC2ブログへ…。
2005年5月以来、更新を続けて来た拙ブログも、本記事を以て最終更新と致します。駄文の収蔵庫も、気が付けば14年の歳月が流れ、記事数は1877に至りました。そして延べ訪問者数は83万人を超えるに至りました。ここ最近はともすれば放置状態が続いておりましたが、引き続き牛歩ではありますが、FC2ブログへ移行して続けていくつもりです。旧来よりお付き合い下さった方々には、これからも移行先でもよろしくお願い申し...
View Article続・「終活」考。
「端午の節句」前日の5月4日は、父親が85歳になんなんとする日である。そして時同じくして、母親の祥月命日なのだった。母親が逝って、早3年の春秋が流れた。まことに「白馬が眼前を駆け抜けて行くが如く(『親鸞聖人正明伝』にあるフレーズ)」、あっという間である。年々、毎日が目まぐるしく過ぎ去る感がある。母親が亡くなった時、父親はその《死》そのものに、「人生における最高の《美》を感じた」と言った。我々は生物学...
View Article【INDEX No.120】 アーカイブスガイド
■春の陽光を浴びて昼寝を楽しむ270。京都市山科区の京阪電鉄・四宮車庫にて、1981年3月24日撮影。■ ■巻頭言 『折々のことば』...
View Articleヤブログが終わる…。
ヤブログのサービス提供が、12月を以て終了するらしい。つい先日、そんな噂を耳にしたものの、さほど気にも留めなかったが、記事を更新する時に表示が出るようになった。過去にアップしてきたデータは、他のブログに移管することはできるようだが、記事に書き込んで貰ったコメントは消えてしまうらしい。何か、ここに紡いできた歴史の一部が欠落してしまうようで、とても寂しい気がする。あるいはここで繋がっている《ブログ友》た...
View Article知影著『魚山余響』を読む。 -52-
一、文化八年辛未十月五日より九日に至り 先帝后桃園院丗三回忌於清涼殿懺法講被修僧衆十三口、 五ヶ日とも聲明懺法導師梶井承真法親王也、中日例時作法知観僧正、結日 主上御行道あり、 主上御所所※ 初日笛 中日箏 結日琵琶 共行近衛内大臣基前 久我大納言通明 廣幡中納言経豊...
View Article阪堺電車、卒寿の古豪。-2017年2月・天王寺遊行-
【1】【1】四天王寺にて。石鳥居に掲げられた扁額の文字が、淡い西日を受けて輝いていた……。多分、ここへ訪れたのは、小学生の時に両親に連れられて以来だと思う。母親が亡くなって半年余り経過していたが、あまり浄土真宗ではいうことのない「菩提を弔う」という言葉の意味を、寺へ行くたびに考えていた頃である……。この日は平野の融通念仏宗本山・大念仏寺へ参詣した後、四天王寺へたどり着いたのだった。あれから2年の歳月...
View Article知影著『魚山余響』を読む。 -51-
一、享和二年癸亥九月宮中御法事の時の事かと覚へ侍る、 僧正の物語に主上初中結ともに御行道のおもむきに候ところ、 中日には御行道なし、桜町院以来御行道の儀中絶のところ、 このたび御行道の儀ふるきに復せらる、先年は後唄のときは入御なり、 このたび後唄のときも僧衆一列に立形にてわたらせらるとなり、 御所作 初日箏 中日琵琶 巌...
View Article知影著『魚山余響』を読む。 -50-
一、観心院僧正文化八年辛未九月の御法事参勤の時の物語に、 住山後宮中院中並御籠の御法事あはせてこれまで三拾箇度つとめらるゝよし、 六十未満にてこれほど度々参仕せられたる人は近代希なるよしなり、 光隆寺知影『魚山余響』第32条...
View Article【INDEX No.119】 アーカイブスガイド
■初冬近し湖西路を快走する、クハ117-1を先頭の京都行き普通電車。2004年11月2日撮影。■ ■巻頭言 『折々のことば』 …(ランダム更新)凡夫という“汚れた水”も、本願という広大な海に流れれば、海に浄化されるが如く1つになることができる。 渋柿の渋がそのまま甘さかな私がまだ駆け出しの僧侶だった頃、明治大正生まれの御老僧たちからよく聞かされた俳句である……………...
View Article佛光寺秋景点描。
今年も暮れつつある…。今や私の中では当たり前の言葉となった、「無常迅速」である。拙ブログもすっかり放置状態になっていた。聖徳太子の遺言「世間虚仮 唯仏是真」という金言に思いを馳せれば、我が仏門も虚仮なる存在ではないか、そのように考えたりする。まさにそれは「虚仮不実のわが身にて...
View Article【INDEX No.118】 アーカイブスガイド
■稲穂が垂れる頃、琵琶湖を背景に湖西線・蓬莱-志賀間を行く113系の普通電車。1987年9月20日撮影。■ ■巻頭言 『折々のことば』 …(ランダム更新)凡夫という“汚れた水”も、本願という広大な海に流れれば、海に浄化されるが如く1つになることができる。 渋柿の渋がそのまま甘さかな私がまだ駆け出しの僧侶だった頃、明治大正生まれの御老僧たちからよく聞かされた俳句である……………...
View Article雄松崎、台風過ぎて…。
1年ぶりに、近江舞子にたたずむ。昨日からの雨で、行くのが億劫だった。しかしこの風景を眺めると、やはり心が清算されるような気持ちになる。先日の台風21号の爪痕は、浜辺がえぐられていてその酷さに驚くばかりだった。写真は波打ち際がすぐそこだが、1週間ほど前まで浜辺はもっとなだらかに先まで広がっていたのである。定宿の雄松館は去年の台風による竜巻で、想像を絶する被害を被ったという。あれから1年を経て、見違える...
View Article魚山勝林院、「慈母讃嘆報恩会式」。
残暑厳しき28日、魚山勝林院にて『慈母讃嘆報恩会式』(←クリック)が尼僧のみの式衆で厳修された。この法儀は、「百石讃嘆(ももしゃくさんだん)」を中心に編まれている。「百石讚嘆」は、光明皇后が詠んだ和讚で、平安時代に唐より魚山聲明を伝えた慈覚大師円仁が作曲したと伝える音曲である。昨年まで寂光院で勤められていたが、今回は勝林院での開闢となった。従って本尊は阿弥陀如来となり、昨年まで始経は『地蔵菩薩本願経...
View Article炎暑、祇園御霊会後祭宵山。
父親に付き合い、祇園御霊会後祭宵山に遊ぶ。烏丸通六角辺りに自家用車を駐車し、六角通を西に歩く。途中、六角通烏丸西入ルの浄妙山を見て、新町通に至る。六角通から、新町通を少し南下したところにあるのが北観音山である。北観音山会所の斜め向かいに、父親の高校時代の後輩の屋敷がある。父親はこの後輩と年に一度、祇園祭に出会うのを楽しみにしている。しばしこの屋敷で催される酒宴に過ごす。ここに京都の夏を想う。それにし...
View Article當麻寺遊行。
【1】【2】【3】ちょうど1年ぶりやあらん、友人と奈良に遊ぶ。奈良国立博物館『糸のみほとけ』展へ行った。小学生以来だと記憶するが、法隆寺所蔵「天寿国曼荼羅繍帳」を見ることができた。そして初めて、当麻寺所蔵の見事な刺繍の曼荼羅「観無量寿経変相図」原本を見る。中将姫が蓮の茎から紡いだ糸で、一夜にして織り上げたと伝わる曼荼羅である。『仏説観無量寿経』に説かれる姿を絵画に表現したもので、画面一杯に阿弥陀三尊...
View Article知影著『魚山余響』を読む。 -49-
【1】 一、十四行偈上に記す如く幸雄僧都の墨譜にして懺法例時両経段の墨譜を以てつくれり 然れ共幸雄の意初心の目安の為に墨譜のすがたをかへおかれたるところあり よりて両経段の体をあはせたるものとはしりがたし故に唱ふるもの二伝三伝して 終(つひ)に諷詠のおもむきを失へり 余往年西光寺賢従に此偈をさずかる...
View Article拙ブログ開設13年目に。
早いもので、また1年が経過すれば、拙ブログも13年目を迎えることとなった。気が付けばアクセス数も750000を超えている。まことに有難いことと思う。最近は、聲明に特化した内容ばかりが多くなっている感がある。私が今まで学んできた事柄を、形として記録しておきたい思いを強くしている。自身の存在意義などいよいよ曖昧であり、意味をなすこともない。もし僧籍に在ることに自己の存在意義を見出そうとするならば、それは...
View Article台風一過、琵琶湖夏景。
台風一過の琵琶湖、下阪本からの風光。近畿地方は何とか無難に通り過ぎて行ってくれたが、この異常気象は、年々、度を超えている感がある。それにしても早い梅雨明けの後、殺人的な暑さに我が思考はマヒしがちである。それでもメンタル的に憂鬱な春先よりかは、幾分ましなのかも知れない。やはりこうして琵琶湖を眺めていると、少しなりとも精神衛生には良いものだ………。相変わらず、モラハラやパワハラの話題をここかしこで聞く。...
View Article知影著『魚山余響』を読む。 -48-
【1】【2】 一、入出二門偈は法華懺法六根段の墨譜を用ゆ あながち滞るところなしといへども六根段を唱ふるおもむきなし 右等の数品何人の製することをきかず 光隆寺知影『魚山余響』第65条...
View Article