飯田線旧型国電。-80系、豊橋駅-
かつて「旧型国電博物館」(←クリック)との異名を取った旧国鉄飯田線だが、それが119系新性能電車に取って代わられたのが、かれこれ30年前のことだった。その119系電車も昨春引退して、飯田線から撤退したのは記憶に新しい。今はJR東海の規格型である313系電車が、飯田線を闊歩している…。30年前までの飯田線といえば、首都圏と関西圏から寄せ集められた戦前製旧型国電の宝庫だった。思えば、何故にもっと足繁く通...
View Article御堂衆、信心いかにも…
御堂衆、信心いかにもよくとられち候らん、 と田舎の人はいきぼとけのやうにおもふなり。 しかるに無道心なり、あさましき事なり。 『第八祖御物語 空善聞書』第108条...
View Article【INDEX No.87】 アーカイブス
■「祇園御霊会」山鉾巡行…岩戸山。京都市中京区新町通蛸薬師付近にて、2012年7月17日撮影■ ■『月のことば』 …(毎月更新)今年はことのほか早く、6月を待たずに入梅となった。また蒸し暑い季節の到来である…。4月から有志を募って、浄土真宗の教えを学ぶ勉強会を始めた。自身を含め、何か学びを深める場を始められたら…と思っていた矢先のことだった……...
View Article永代祠堂経法要も終わり…、布教掲示板更新。
梅雨入り宣言が出た途端…という訳でもないが、何やら蒸し暑く感じるようになった。去る1日(土)・2日(日)の両日、拙寺「永代祠堂経法要」が勤まった。毎年6月初旬に勤めるので、この法要が巡ってくると、1年も半分が過ぎ去ったことを実感する…。御満座法要では恒例の如く、西山義のY君が主催する「おかげん雅楽会」来臨の栄を賜る。拙寺御満座法要は管絃雅楽法要を銘打っているので、今となっては欠かせられぬ存在となって...
View Article『遙聲 ―Schola Gregoriana Pragensis Gyosan-ryū Tendai Shômyô―』。
気が付けば6年も更新を怠っていた…。実はここ数年来、梵唄声明に関するCDを長らく購入していない。というのも、声明の音源をそこへ求めるのではなく、専ら師僧が唱えられる音曲をICレコーダーに録ってハードディスクに保存する…、そうした行為がずっと続いていたからである。もっとも、かつて趣味よろしく蒐集した梵唄声明のCDは、今も折に触れ聞き入っていることは言うまでもない。そして今となっては、貴重な音源も多く含...
View Article『立花隆の書棚』。
ちょっと“悪趣味”かも知れないが、他人の書棚を眺めるのが好きだ。これはもう、“本の虫”の性ともいうべきものである。というか、本が居並ぶ光景がたまらなく好きなだけ…ともいえる。先日、近所のショッピングモールの本屋を覗いてみたら、やたら分厚い本が目に飛び込んできた。それが『立花隆の書棚』という1冊なのだった。「圧倒的な知の世界」という、帯のコピーが私の好奇心をそそった。書棚の詳細を捉えた写真と、その所有...
View Article「勝林院一千年紀」、PR用試作イメージ。【1】
「勝林院開創一千年紀」も、10月厳修に向けてカウントダウンに入りつつある…。法要円成に向けて、なさねばならぬことは山積している。三河に在る私は、大役を仰せつかっている割には思うようにお役に立てず、なかなか歯がゆい思いではいるが、魚山の現場におわす諸賢とは、思いを一つにしているつもりである…。先ずはポスターとチラシの完成を見た訳であるが、これらが完成する過程にはやはりいろいろ苦労があった。そんな中で苦...
View Article「勝林院一千年紀」、PR用試作イメージ。【2】
これは勝林院本堂内陣を撮影したものを、そののまま使用している。結局、素人はPCを駆使してアレンジという作業が苦手であるので、このように写真をベタに使って文字を羅列するという方法しか能がない。知り合いのデザイナーから、一つだけアドバイスを受けたのは、日本語ばかりではなく、アルファベットを効果的に使えば引き締まって見えるとのことだった。で、このイメージには、アルファベットを特に使うことにしたのである。し...
View Article「勝林院一千年紀」、PR用試作イメージ。【3】
このデザインは、勝林院本堂と空を全面にアピールしたものである。例によってアルファベットを加えたレイアウトと、そうでないものを列挙してみた。フォントのカラーも、双方変更してみた。ほとんど同一のレイアウトなので、あとは各人の好き嫌いに委ねるのみである…(笑)。当初、爽快な青空の下にそびえる大堂をイメージしていたが、冬枯れの日没前の一瞬、南面する本堂に斜陽が降り注ぐ。その瞬間を捉えることのできた、1シーン...
View Article「I.W.HARPER」。
4月から始めた、サークルのような浄土真宗の勉強会(←クリック)も、早いもので3回目を数える…。テキストは我々のスタンダードナンバーである『正信偈』を用いている。思いとしては、真宗教義の追究に終始するのではなく、『正信偈』を足がかりにインドから伝来した仏教を俯瞰したいというのがある。もっとも本来的な目的は、何よりも参加者が仏教および浄土真宗を、より親しみを持って欲しいということに帰結する。しかし、ただ...
View Article二者深心に思う…。
〈二者深心〉。 深心といふは、即ち是れ深信の心なり。 また二種あり。 一つには、決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、 曠劫(こうごう)よりこのかた常に没し、常に流転して、出離の縁あることなしと信ず。 二つには、決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、 疑なく慮りなくかの願力に乗じて、定めて往生を得(う)と信ず。 唐・善導大師著...
View Article琵琶湖大橋暮景。
夏至が過ぎた。これから少しずつ日が短くなっていく。1年もあっという間に半分が過ぎ去った…。帰省した日はどんよりとした天候だった。少し残念でならなかったが、暑さを感じなかったのは幸いなことだった。久しぶりに琵琶湖大橋の袂にたたずんでみた。午後7時を過ぎても、まだ明るい。やはり琵琶湖を眺めると心が和む。この風景は、私の老後も変わることはないと思う…。ずっと耳から離れないでいる会話がある。九州から京都へ出...
View Article準急、東山三条通過…。-1980年5月・京津線-
過日、You-tubeを検索していたら、恐らくは昭和末期と思われる京阪山科駅での発着風景の動画を(←クリック)見つけた。私がまだ山科駅前に寓居していた頃の動画とばかり、とても懐かしかった。京阪・京津線が地下に潜ってから、随分と歳月が経過した。記憶の彼方にある京津線ではあるが、やはり当時撮影した写真を眺めると、シャッターを切った瞬間の記憶がリアルに甦ってくるものだ。どういう経緯でここに立って撮影したの...
View Article拙ブログ訪問者「40万人決定往生」…、深謝。
【2013/7/4(木) 午後 8:30 現在】 ■今日 全体 ■訪問者 222 400000 ■ブログリンク 0 301 ■コメント 7 31116 ■トラックバック 0 395...
View Article「炎暑御見舞」。
例年より10日も早い梅雨明けのあと、恐ろしい暑さに見舞われている…。いつも自家用車で走る県道の大橋の両側の袂には、温度計が設置されている。双方の温度計は何故か対岸とこちら側では1~2℃の差がある。果たして昨日(7月9日)、拙寺側の袂は38℃を表示していて、反対側の温度計はといえば、40℃になっていた。数字を見るだけで、ドッと汗が噴き出して来そうだった。もっとも気象庁発表による9日の最高気温は、山梨県...
View Article蓮如の「大蛇救済」。
『和讃』(高僧和讃96)にいはく、 「弥陀の報土をねがふひと 外儀(げぎ)のすがたはことなりと 本願名号信受して 寤寐(ごび)にわするることなかれ」といへり。 「外儀のすがた」といふは、在家・出家、男子・女人をえらばざるこころなり。 つぎに「本願名号信受して寤寐にわするることなかれ」といふは、 かたちはいかやうなりといふとも、 また罪は十悪・五逆、謗法・闡提のともがらなれども、...
View Article祇園御霊会遙想。
▲新町通蛸薬師付近を南行する放下鉾の車輪。間近で見れば、鉾の重さできしむ音が聞こえてくる。中世の絵巻物に見る牛車も、こんな音をきしませながら都大路を往来したのだろう…。▲▲鉾が停まれば、稚児の人形が踊り出す…。かつてはどの鉾にも“生き稚児”が乗っていたが、今は長刀鉾だけである。たわむ鉾から転落死する稚児が多かったから、人形に取り替えられたと聞いたことがある…。京都は祇園祭で盛り上がっている頃である…...
View Article『佛會紀要』。-明如光尊の法式研究-
我が宗門の大谷光照前門主は、“お勤め”には“うるさい”人であったと伝聞している。遷化して早いもので10年近く経過しているが、私が僧籍に入った頃はまだ御正忌報恩講で導師を務めるなど、老境にありながらもその朗々とした発声には往年の声明家の色香を漂わせていたものだった。もっとも、本願寺派が伝える声明を是くも改変されてしまったのは、光照前門主が門主である本願寺留守職(るすしき)に就任した時のことだった。現在...
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